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2012年2月 8日 (水)

経済学習ノート 「デフレで大変」のウソ、あるいはデフレでさえなかった

 マスコミが騒ぐ「今の日本の経済三大大変」は、円高、財政赤字、デフレ。デフレは国内経済の諸悪の根源とされる。デフレを脱却することが最も重要な課題で、それさえ達成できれば、すべてがうまくという人もいる。
 そもそもデフレとは、物の価格が下がること、とのみ捉えるが、逆の見方をすれば、お金の価値があがること、ということでもある。インフレ経済しか知らないエコノミストには受け入れ難く、理解が難しいらしい。
 同じく「デフレ」という言葉を使っていても、不況、不景気のこととごちゃまぜに使われている感じがする。例えば有名な『デフレの正体』(藻谷浩介)で問題としているのは、どうも「内需の縮小」のことのようで、「物価下落」のことではない。物価水準だけみるとデフレかどうかもはっきりしない。ここでは、「デフレは悪くはない、そもそもデフレかどうかも疑問」という説を取り上げてみる。
 「物価下落が2年以上継続している状態」というのがIMFや内閣府によるデフレの定義だそうだ。  

■野口悠紀夫『日本を破滅から救うための経済学』2010年7月
 デフレは需要サイドではなく、供給サイドの問題で生じている。正確にいうと、そもそもデフレではない。

・デフレ諸悪の根源論
 デフレが諸悪の根源とされる。経済停滞の原因をデフレに見出そうとする説明が毎日のように見られる。
①製品価格が下落するので、企業利益が伸びない。
②利益が伸びないため、賃金を引き下げざるを得ない。そのため、消費者の所得が伸びない。
③将来はもっと安く買えると消費者が予想するため、購入を延期する。
④需要が②と③のために減少する。そのため需給ギャップが拡大し、さらに製品価格が下落する。すると、①からの過程がさらに拡大されて進行する。つまり、「スパイラル的に事態が悪化する」。
⑤需給ギャップを埋めるため、需要を拡大する拡大する必要がある。そのためには、いっそうの金融緩和が必要である。
 この認識はすべて誤りである。

 新興工業国との競争による賃金の下落と工業製品の下落。問題は、需要サイドではなく供給サイドで生じている。現実の価格動向は需要面の変化からはほとんど影響を受けていない。諸悪の根源はデフレではなく、流動性トラップ(金利が低すぎること)なのである。新興工業国との競争から脱却するには、企業がビジネスモデルを転換し、新興国とは直接に競合しない分野に進出することが必要である。

・「デフレスパイラル論」の誤り
 この議論は、デフレのために日本経済が活性化できず、そこからの脱却のために金融緩和が必要であるとする。しかし、物価や賃金の下落は、海外要因(長期的には中国の工業化。2009年においては原油価格の下落)によってもたらされている。それから脱却するには、企業のビジネスモデルを転換させる必要がある。09年のように原油価格下落によってもたらされた物価下落は、食い止められないし、食い止める必要もない。デフレスパイラル論は、従来のビジネスモデルから脱却できない責任を転嫁するための、言い訳にすぎない。
①2009年に物価下落を引き起こした主要な原因は、原油価格の低下である。これは、歓迎すべきことだ。
②いま一つの原因は、パソコンや薄型テレビの大幅な下落である。これは、新興国メーカーとの競合によって生じている。メーカーの立場から見れば利益減少の原意なので望ましくないが、消費者にとっては歓迎すべきことだ。
 以上2つの要因による物価下落は、阻止すべきことではない。また、阻止しようとしても、金融政策によってはできない。

①物価水準は海外要因だけで決まる。95年以降のデフレと言われた現象は、新興国からの低価格の製品輸入でもたらされた。
 1990年代以降続いている物価下落は、工業製品の価格低下によってもたらされた。また、2008~09年の物価変動は、主として原油価格の変動でもたらされた。すなわち、08年においては、原油価格の上昇の影響で、消費者物価指数が上昇した。石油ショック時と似た影響が生じたわけだ。
 その後原油価格は下落した。これによるエネルギー関連価格の下落が、09年に入ってからの消費者物価指数下落の大きな原因だ。
②07年夏以降の円高は、物価を引き下げる方向に作用した。とりわけ、韓国、台湾との間での円高効果が著しく、それは薄型テレビ、ノートパソコンの価格を大きく引き下げ、09年の消費者物価下落にかなりの影響を与えた。
③こうした価格面の動きに、需要面の変動は影響を与えていない。90年代以降長期にわたって金融緩和が行われているが、その効果はなかった。また、経済危機により需要面で大きな変動が生じたが、それは物価には影響しなかった。
④日本では製造業の比率が高いので、新興国工業化が賃金に与えた影響は大きい。
⑤産出量は需要面の条件だけで決まる。したがって、デフレの際に原理的には働く可能性がある「実質残高効果」が働かなかった。今回の金融危機は、総需要の激減であり、これが経済の産出量を激減させた。
 金融政策は産出量に影響しなかったが、経済政策として行われた購入支援策はIS曲線を右方向にシフトさせる財政政策なので、大きな効果を発揮した。

・そもそもデフレではない。
 デフレ=デフレーションとは、すべての物価が一様に下落する現象を指す。この過程において、さまざまな財やサービスの間の相対価格が変化することはない。これは「物価水準」(あるいは絶対価格)の下落である。これは、通常は貨幣供給量が不足するためろに生じる現象である。しかし、実際に起きていることは、右のような一様な価格下落ではない。工業製品の価格動向とサービスの価格動向の間に、著しい差異が認められる(相対価格が変化している)。したがって、この現象を「デフレ」と呼ぶのは、厳密に言えば誤りである。デフレには貨幣供給量の増大などのマクロ政策が必要だ。それに対して、相対価格が変化する場合に必要なのは、産業構造や経済行動を変えることである。本来のデフレは「教科書的な意味の一様な物価下落」。1990年代以降生じている物価の下落は、本来の意味ではデフレではない現象をデフレと呼んでいることになる。

■佐々木融『弱い日本の強い円』2011年11月 
 デフレは日本人の多くには幸せなことである、そもそもデフレであるかも微妙、物価の安定していた状態というべき。

 2011年7月の消費者物価指数は約19年前の92年4月の水準と同レベル、消費者物価指数の前年比マイナスが始まった94年7月と比べてもほぼ同じレベルとなっている。19年前と現在とで物価の水準が同じということは、この19年間で収入が増加している人にとって生活水準は明らかに向上しているのである。それにもかかわらず、「デフレ」は世の中ではかなりの悪者扱いになっている。
 過去20年間の日本経済において、デフレはスパイラル的な現象とはなっておらず、厳密には「日本経済はデフレの状態が継続していた」と言えるかどいうも微妙な状況であった。19年前と消費者物価の水準は変わっていない、つまり、「デフレ」とは言い難い状況にある。1990年代に入ってはじめて消費者物価の前年比がマイナスとなった94年7月以降の205か月間で、消費者物価の前年比がマイナスだったのは124か月、全体の60%程度に止まっている。逆に、残りの81か月(40%)は、物価は上昇しているか横這いであった。実は単純に「物価が安定していた」だけと言えなくもない。
 ある意味では安定している物価を無理やり1~2%に押し上げなければならない意味がどこにあるのか。
 今の日本人の多くが、「デフレよりインフレがよい」と思い込まされてしまっているが、インフレ率が大きく上昇するリスクを冒すくらいなら、年間1%程度のデフレが続いていたほうが、一般の国民にとっては幸せだ。インフレになれば我々の実質的な購買力は低下する。それなのに、なぜ皆はインフレを望むのであろうか。デフレであれば、多少それが続いたところで、個人にとっては実質的な購買力が高まるので、実は幸せなことである。
 筆者は、「デフレ=悪」という考え方は強者の論理だと思っている。企業はたしかに物価が上昇しなければ売り上げが伸びずに苦しいだろうが、弱者である個人は比較的メリットを受けてきたのである。しかし、強者である企業が「デフレ=悪」であるといい続けるので、実はメリットを受けてきた弱者である個人まで「デフレ=悪」と思い込まされてしまっているのではないか。このことは、今後実際にインフレになってきた時にわかるはずだ。
 日本のインフレ率が大きく上昇すれば、為替相場は長期的に円安方向に向かうことになる。我々は本当にそんな状況を望むべきなのだろうか。筆者はこういう状態になれば、多くの日本人は不幸になると考えている。物価は大きく上昇しているものの賃金はさほど増えないから、これまでと同様の物は買えなくなる。一般的な日本人にとって食品やエネルギー価格は、そのもの自体の価格上昇と円安による輸入物価の上昇によるダブルパンチで大きく上昇することになる。

■増田悦佐『日本と世界を揺り動かす物凄いこと』
デフレ=経済縮小ではない、大衆にとってはむしろプラス。

 デフレは生産縮小につながりさえしなければ、なんの弊害もない。
 日本では1990年代半ばから15年ほどデフレが続いている。しかし、デフレによって生産を大幅削減したという基幹産業もなければ、経済規模の顕著な縮小も起きてはいない。生産削減や経済規模の縮小にさえつながらなければ、デフレはまったく脅威ではない。過剰なマネーサプライを解消するための自然な治癒過程であり、なんの実害もないのだ。それどころか、インフレ時代に金持ちにかすめ取られた富を大衆が取り返すというポジティブな作用が大きく、健全きわまる貨幣現象なのである。
 技術革新が進めば商品やサービスは安くなる。そして売買量は減るどころか増えるのだ。「デフレで生産が削減され、経済規模が縮小する」という前提自体がそもそもまちがっているのだ。
 1930年代のアメリカの大不況のときだけは、デフレと経済規模縮小が併存した。だが、それ以前のデフレ期は例外なく生産は増強され、経済規模は急拡大している。この事実を確認するのにもっとも適した例は1887~95年の大不況であろう。

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