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2012年3月18日 (日)

放射能汚染を考える フクシマの被曝をどうとらえるか 原田正純先生のコメントより 

朝日2011年5月25日
 長い間、水俣病問題にかかわってきた原田正純先生のインタビュー記事、「3.11水俣から」より

 放射能汚染とどうか向き合っていったらいいか、水俣病の歴史からくるまっとうな認識が示されている。日本は水俣の教訓を学ばなかっただけでなく、まったく同じ過ちを繰り返していることがわかる。

 -放射性物質の安全基準が問題になっています。どこで線を引き、住民にどう説明するべきでしょう。
 「注意してほしいのですが、安全基準とはあくまでも仮説に基づく暫定的な数値であって、絶対的なものではありません。そもそも『安全基準』という言葉がよくない。どこまでなら我慢できるか、『我慢基準』と呼ぶべきだという人もいます」
-それでは安心できません。
「そう。それはものすごく気になっている。住民にしてみたら、自分たちは安全なのかそうでないのか。なぜ避難しなければいけないのか。なぜまだ戻れないのか。その根拠は何なのよ。そういう疑問はまったく当然です」
「テレビの報道でも『政府は根拠を示せ』と言っているでしょ。ところが、実際には絶対的な根拠なんてない。それなのに(政治もメディアも)あるはずだと決めてかかるからおかしなことになる
「ただし、根拠を示せないからといって政府が口をつぐんだらだめ。『現時点では十分な科学的根拠はありません。でも今後こういう危険が考えられるので、政治的な判断で実施します』ということを、ていねいにていねいに説明することです。もちろん住民の不安をあおったらいけないけれど、放尉線の影響には未知の部分があることもしっかり押さえておかないといけない」

 取り組むべき課題について、3点あげている。
・被害を受けた住民全体の健康調査を行い、長期にわたって管理し、体に何か起きたときはすぐに対応するという体勢が必要。
・賠償基準の協議に被害住民を入れる。
・枠組みを最初にすべて決めてしまわないこと。期限も決めてしまわないこと。
 この3点、現段階でも、とても実現できているとは思えないが、市民が絶えず突き上げていき、少しでも施策に反映させていくことが必要だろう。将来の私たちの社会がどんなものになるかも、それにかかっているとさえ言える。

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