経済・政治・国際

2012年3月10日 (土)

経済学習ノート 外国人が日本国債を買っても対外純負債は増えない

三橋貴明『経済ニュースが10倍よくわかる日本経済のカラクリ』より
「日本の国債は国内でまかなわれているから大丈夫」という主張に対する、「国内だけでは調達できなくなり、外国からのお金が必要になったら、日本経済は破綻する」という反論に対する再反論。

・そもそも国家が心配しなければならない「国の借金」とは、対外負債。外国から借りたお金こそが本当の「国の借金」なのである。
・あるアメリカ人が日本国債を買ったとする。
日本国債は円でしか売っていない。
そのアメリカ人は為替市場で米ドルを円に両替しなければならない。
そのことは、一方でだれか日本人がその分の日本円を米ドルに換えていることにほかならない。
為替市場とは「通貨の交換」のことだから。
円を売ってくれる人がいない限り、米ドルと円は交換できない。
日本の対外債務が増加する(アメリカの対外資産の増加)、その半面で、日本人が米ドルを買ったのだから、日本の対外資産も増加しているので、プラスマイナスゼロとなる。
日本国は日本国債を買ったアメリカ人に金利を払う。 一方、この反対側では、米ドルを手に入れた日本人もその米ドルを何かで運用する。米国債を買ったとしたら、その金利が支払われる。米国債より日本国債の方が低金利なので、日本人に支払われる利子の方が大きい。
三橋の結論:日本が経常収支の黒字国である以上、外国人が日本国債を買っても対外純負債は増えない。

「両替」「為替」という魔術。米ドルは日本国内では使えないし、円は国外では使えないというのがみそ。
しかし、この理屈はどこかに落とし穴がないか?
例えば、日本国が国債を米ドルで売り出したとする。日本国は手に入れたドルを日本国内で使うには、円に両替しなければならない。とすると、上で起きたことと同じことがいえるのか。

■「外国人が日本国債を投げ売りしはじたら、日本は破綻する」への反論
上念司『日本は破産しない!』より  

 ある日突然、外国人がほんの国債残高が900兆円もあることに改めて気が付いて不安になり、「これはヤバイ」と投げ売りをはじたと仮定する。この投げ売りと連鎖して、日本国債を保有する外国人全員が投げ売り状態になる。現在45兆円が外国人の持ち分。この売却により外国人は45兆円の現金を手に入れる。そのまま持っていてもしょうがないので、外国為替市場でドルやユーロなどの自分の国の通貨と交換する。円を売って外貨を買う為替取引が行われる。45兆円の円売りが行われるので、円はどんどん安くなる。
 為替が一気に円安になれば、輸出産業にとっては逆風が一気に追い風に変わる。海外での売り上げが、何もしなくても円建てとしては増加する。そして、国際競争力も一気に回復する。農業や衣料品のような海外企業と競合する国内産業は、円安によって海外からの輸入品の値段が上がることで、国内市場での競争力を増す。

・円安というのは、輸出産業にとって、ひたすら望んでいた状態。 「めでたく」円安になった結果、日本のデフレも終わり、財政改善もその緒につける。外国人が国債を投げ売りしたら、それこそ「日本の経済は」復活する。 こういう理屈も成り立つわけだ。

2011年3月30日 (水)

大災害と一打逆転

読書ノート

2002年に出版された石黒耀著『死都日本』という本をご存じだろうか。

九州では、有史以前から、一回で西日本を破壊し尽すような巨大な「破局()噴火」が何回も繰り返されていて、現代にそれが勃発するという想定の小説で、著者は火山好きのお医者さんで、専門家も高く評価するような内容になっている。

 今年126日に霧島火山の新燃岳が噴火したとき、まさか破局的噴火にはならないだろうと思いつつ、読み直してみた。あらためて驚いたのは、政治的設定が、長期保守政権が選挙で敗れ新政権が生まれたあとで、首相の名前まで「菅原」という、現在の状態との合致だった。

菅原首相は、ある火山学者の文を読んで、破局噴火が切迫していることを確信し、秘密裏に日本を破局から救うための国家プロジェクトを推進する。予測どおり霧島火山の噴火が始まり、大都市も火砕流、火災サージで壊滅する。ちなみに火砕流に襲われる川内原発はその時点でいち早く廃炉にされていた。

今回、火山と地震・津波、火と水という違いはあるが、もとは日本列島の地殻変動という意味では一緒であり、警世の書として書かれた本書は、まさしく「予言の書」となってしまった。しかしこの小説が出色なのは、たんに破局を描くだけではなく、「希望」を描いているところだろう。

改めて身にしみて感じさせられたが、日本は災害列島、震災列島である。一方でその自然は普段は豊かな恵みを私たちにもたらしてくれている。小松左京『日本沈没』は列島からから世界へ離散する話だが、この小説は、私たちがこの災害列島、震災列島で生き続けるという決意表明となっている。

小説では、全土が降灰と土石流に覆われていき、さらに南海地震、富士山噴火が襲おうという間際に、巧妙な為替オペレーションの発動で円の崩壊を防ぎ、再生プランが世界に向けて発信される。まったく新しい社会を建設するという決意を世界に向けて宣言することで、破局から一変して、今後の国際社会のイニシアティブをとる。そんなにうまくいくかという感じもするが、この逆転の展開はみごとだ。

再生計画とは、詳しくは同書を買って読んでいただきたいが、沖積平野から丘陵地へ都市機能や住宅を撤退させる。川の構築物は再建せず、自然へ戻す。原発、化石燃料から分散型自然エネルギーへの転換、植生のすみやかな回復、等々。自然に逆らわないエコロジカルな社会だ。

私たちは物質的には豊かだが、危険で汚染に満ちた社会を築いてきあげく、精神的にも閉塞的になってしまった。破局的な津波がいくつもの市街を廃墟にしたとはいえ、この小説ほど過酷ではない。むしろ原発という人災の側面が大きくなりつつある。小説のようなリーダーシップはいまの日本に望むべくもないが、私たちの力を合わせて、災害列島上の今の社会を、よりぜい弱性の少ない形へと組み替えていく契機にしたいと思う。

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